2015-05-22 第189回国会 衆議院 本会議 第27号
去年の十月十五日、すべての女性が輝く社会づくり推進室発足の看板かけの際、立ち会った安倍総理が、緊張した面持ちの有村大臣を看板娘なんだからと励ましたと報道されております。安倍政権における女性活躍のメッキが剥がれた瞬間です。 女性活躍担当大臣が看板娘では困ります。
去年の十月十五日、すべての女性が輝く社会づくり推進室発足の看板かけの際、立ち会った安倍総理が、緊張した面持ちの有村大臣を看板娘なんだからと励ましたと報道されております。安倍政権における女性活躍のメッキが剥がれた瞬間です。 女性活躍担当大臣が看板娘では困ります。
私は、市長のときに看板男、看板娘を一人ずつ指名して、市内の汚い看板を全部たたき落としました。あるいは塗り直すかしました。倒産した喫茶店の看板だけがいつまでも残っている、看板まで片づけて倒産していくという心がけのいい人はめったにおりませんから、その二人が全部たたき落としました。看板男、看板娘、二人がしっかりとした仕事をやり、汚い看板が全部なくなりました。
そしてその中で、出雲市は看板娘、看板男ということでもって権限を相当持たせましたけれども、一番困ったのは、やはり選挙の後、落選した人のポスターが、当選した人はきれいに片づけるんですけれども、落選した人ほど片づける人が少ないわけです。
こういうのを、私は出雲市長時代に、市役所の中に看板娘、看板男を一人ずつ置いて、市内をどんどんパトロールさせました。要するに、もう要らなくなっている看板、字がかすれて読めなくなっている嫌な感じを与える看板、そういうのはどんどんたたき落とす。あるいは、その所有者、責任者がわかるときには連絡をつけて、落とすか塗りかえるか、どちらかをどんどん迫って町の美化に努めたこともあります。
一説には、参議院選挙向けの看板娘を並べた。こういう印象もなきにしもあらずでございますが、五人閣僚、大臣が並ばれること自体、これは一つの事実でございまして、女性が大臣になることがもう当たり前の世の中になってきたということで、大変大きな進歩ではないか、こんなふうに思うわけでございまして、ここに至るまでの森山大臣の御尽力に重ねて敬意を表する次第でございます。
○中沢伊登子君 私は、たばこは——お酒はどうかわかりませんが、たばこの方は、昔よく歌った歌に「向う横丁の煙草屋の可愛い看板娘」という歌がありますね、ああいうふうに、たばこを買いに行くというのは味気ない自動販売機で買うんじゃなくて、やっぱりかわいい娘さんがいればそれを見に行く。「だから毎朝毎晩タバコを買いに行く」という歌もあるくらいですからね。
昔は、たとえばたばこ屋に看板娘がおりまして、そこで笑顔のもとに売っておりましたが、最近はそういうことはなくなりまして、おじいさん、おばあさんが売っておる店がだいぶふえてまいりました。
日本がケネディラウンドについてこれましたゆえんのものは、アメリカの看板娘としてばかりではなしに、インフレーションの犠牲において自由競争の陣列に入ることができましたが、その背後に、相対的な労賃の非常に安いこと、住宅問題の未解決、国内における中小企業の倒産など、たくさんのアンバランスを犠牲にして、そしてかろうじて世界競争についてきたということを忘れてはならぬと私は思います。
人間は自動販売機じゃないのだから、幾らいい看板娘を連れてきたってそんなに売れるものじゃない。こういう問題は明らかに歩引きをしている。税務署はわかっている。そういう歩引きの値段は、ちゃんとリベートとして認めているのです。酒のほうはいま自動販売ですから、リベートを認めていますね。ところが、たばこというものは、専売法の趣旨というものは、同じ価格で小売り店から売らせるというのが趣旨なんです。
近衛公は結局東條軍閥の看板娘になるか、または日本でいえば宇垣陸相のような立場のドゴール大統領同様に、逆に東條軍閥または関東軍司令官を馘首するか、その分かれ道に立っていた。
また、近衛さんはよき人で、口には民主主義を唱えましたけれども、実際は軍部の看板娘になって、ついにはあえなき痛ましい最期を遂げられた。ジョンソン大統領も口には民主主義を呼号なさるけれども、アメリカの軍の強硬策にずっと押されて、そしていまではもうジョンソン大統領の言うことをだれも信用する者はないという、こういう状況であります。
あなた方の考え方では一つの看板娘をこしらえて、その看板娘に見習えというかっこうで道徳教育をやっていこう、これも一つのアイデアかもしれませんけれども、その中には問題がある。ただオーバーワークをどうするか、研究会、研究会あるいは資料、資料と言うて、これも読め、あれも読めとお仕着せの問題をどんどん出してきて、これは現場では後生大事に、文部省がおっしゃるのですから、考えられる人も多いだろうと思います。
閣議で中山厚相が報告を始めると「社会保障の概念がはっきりしていない」「外国の社会保障水準と比較した数字が古すぎる」と難クセをつけ、大切な看板娘をさんざんこきおろしてしまったそうだ。」「所得倍増と、景気よく経済成長をうたっている池田さんだ。「貧富の差が拡大の一途をたどっている」と一番痛いところを、しかも足元のお役所から指摘されたのだから、これは格好がつかない。
しかし中山さんは、厚生大臣として役所にすわっておいでになる時間よりも、看板娘として、同僚議員及び党の選挙運動に引っぱり回されることが多かったようで、大臣として勉強し、その職務を果たすことが幾分おろそかになったように見受けられました。これは中山さん御自身の責任でもありますけれども、むしろ内閣なり党の方の責任だと思います。
そこが、この前私が質問しましたときも、監理官は、看板娘が一人おれば、あくびをしておってでも売れていくだろう、コソパクトで鼻をたたきながらでもやっていけるだろうと、実に安易な考え方であった。そういうことなら、一つ販売部にセールスマンを置くことはやめてもらいたい、協力しませんから。現在の販売部のやり方を見ると、ほとんどこれは専業としてやるべきだといわぬばかりの御指導をなさっておる。
○村上説明員 この間たばこ屋の看板娘の話を私申し上げましたが、あくびをしたとは申し上げなかったはずであります。そのとき私申し上げましたのは、たばこの小売人におきましても——神田委員はいらっしゃいますから御存じですけれども、タバコの耕作者の方々でもやはりみなそれぞれ労力を尽しておられる。
しかるに、これに比べて、小売の方は、耕作者の方に言わせれば、看板娘が一人すわっておれば、非常に資本の回転率もよくて、収入もよろしい。これは、それぞれの立場から言わせると、それぞれの言い方があるわけでございまして、そこらのところを公平に見まして、どうすべきかというふうな判断をしようといたしますと、非常にむずかしい。
主としていなかでございますが、どうも、今のたばこ屋は、それはなるほど、大都市でございますと、看板娘が一人すわっておれば難なく売れるものでございましょうが、いなかの場合はそういきませんので、今の手数料では事実非常に小売屋が苦しんでおる。
戦争前の看板娘とか、あるいはばあさんがちょっちょっと売っておった時代と違う。ほんとうに一身をささげてたばこに奉仕しているということです。そういう指導を専売公社はしているのか。そういう状況の変化は出さぬでおいて、何か戦争前よりも七百四十何倍なんて言うが、小売業者がこれを聞いたら憤慨しますよ。そういうように裏に隠されたところの経費、その他の事務的な消耗費に対する数字が入っていない。
ぜひこういう機会を利用していただきたいのですが、どうも中国の市場はほしい、それが経団連にも五大商工会議所にも反映していない、経団連で私は中国貿易を唱えたために、経団連の看板娘だったのですが石川さんに弊履のごとく捨てられてしまいました。わが道を行くということになりました。しかし今度石坂さんが会長になりましたら中国の貿易は非常に必要である。これは東芝の電気機械を売らねばなりませんから当然のことです。
これが三万キロ、その神通第一、第二を北陸の看板娘として電源開発を進めて行きたい、かように考えております。なお称名川第二、四千百キロ、片貝第五、六千キロ、称名川第三、三千九百キロワツト、これらの地点をいずれも調査設計を終えまして、目下着々準備を進めている次第でございます。
このように考えて見ますると、政府が本年度における唯一の積極政策と称する食糧増産も、どうやらこれは幾ばくかは増しておりますけれども、結局それもまあまあというところの数字でありまして、これは結局のところは自由党政府の看板娘といいますか、廣川農相の顔を立てなくちやならないという程度の、(笑声)どうしても極く真險味を欠いたところの、全くの彌縫策を見られるのであります。